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ちよにやちよに 〜 愛のうたきみがよの旅

1,650円(税150円)

DETAIL

文:白駒 妃登美
絵:吉澤 みか
英訳:山本 ミッシェール
プロデュース:松岡 沙英
発行:文屋
価格:1,500円+税
判型:B5判変形、上製本(縦22.6✕横19.0✕ 背幅1.0 cm)
頁数:40ージ
発売日:2021年7月9日


『ちよにやちよに』のご紹介

千代に八千代に

さざれ石の

いわおとなりて

こけのむすまで

「君が代」は、世界一古い歌詞の、世界一短い国歌です。

日本の人々に1100年以上も前から愛唱されてきた和歌です。

誰がつくったのかはわかりません(詠み人知らず)。

そしてこの和歌は、平安時代に生きた、ある人物が、

恋しい人に寄せた熱いラブレターでした。

この歌を歌うとき、誰を「君(きみ)」と思うのかは、歌う人の自由です。

国境も宗教も、時代さえも、たやすく超えることができます。

「君」は人でなくてもかまいません。

想像力をふくらませれば、虫や動物や草木、山や海や地球、月でも宇宙にさえも広がります。



 「きみがよ」は、大らかで和やかな人類愛、地球愛、宇宙愛を込めた、究極のラブレターであり、ラブソングです。2000年以上も続くこの国の先人たちからの贈り物です。

 永い歴史の中で、国民みんなの歌として愛され、やがて国歌となった君が代の「旅」。この旅が、地球に暮らす私たち家族の未来に、希望の光を灯してくれることでしょう。
 本書は、和歌「きみがよ」の本来の意味と魅力、そして未来への可能性を、より多くの日本人と地球人にお伝えするために、制作いたしました。世界中の人々に読んでいただくために、本文の全文に英訳を付けています。



ご愛読者のみなさまからは、

「もっと早くに、小学生の時に教えてほしかった。
孫たちに読んであげます」
「君が代アレルギーが治りました。
これでスッキリした気分で歌えます!」
という感動と感謝のご感想と共に、

「本書の内容を、もっとたくさんの人たちに知ってほしい」という

お声が寄せられています。


 『ちよにやちよに』を普及する目的は、
つぎの2つです。 

1.「君が代」の誤解を解いて、正しい理解を広げること。(君が代を元の姿に戻す!)
和歌「君が代」は、自国愛のレベルをはるかに超えた人類愛・自然愛の賛歌です。

2.この和歌に詠み込まれた日本の天命である「世界の母 世界の太陽になる」を
国内外にお伝えすること。(君が代を解き放つ!)日本人の使命は、世界中を丸くあたたかく包みこみ、世界平和の導き手になることです。


元号「令和」の”考案者・名付け親”とされる中西進さん 推薦!!


中西 進さん


中西先生 自筆の推薦文

年輪経営の創始者・「かんてんぱぱ」伊那食品工業株式会社 最高顧問 塚越 寛さん 推薦‼


伊那食品工業株式会社 最高顧問 塚越 寛さん

絵本『ちよにやちよに』は、
元号「令和」の”考案者・名付け親”とされる
中西進さんにご推薦をいただいております。

「君が代は広く人びとが愛誦して来た
長寿の雅歌であり
万葉集からの伝統を継ぐ

まさに真珠のごとき愛の歌を
日本人は宝としつづけるのである

令和三年弥生
中西 進」

【推薦者 中西進さんのご紹介】
中西 進(なかにし すすむ)
国文学者、国際日本文化研究センター名誉教授

1929年(昭和4年)8月21日、東京都生まれ。
勲等は文化勲章。学位は文学博士(東京大学・1962年)。

現在は、富山県立 高志の国文学館館長、奈良県立万葉文化館名誉館長、文化功労者。

元号「令和」の考案者と目されるが、
「元号は中西進という世俗の人間が決めるようなものではなく、
天の声で決まるもの。考案者なんているはずがない」と発言している。

著書『万葉集の比較文学的研究』『中西進万葉論集』(全八巻)
『中西進著作集』(全三十六巻)『令和の力、万葉集の力』
『令しく平和に生きるために』など多数。


年輪経営の創始者・「かんてんぱぱ」伊那食品工業株式会社 最高顧問 塚越 寛さんにもご推薦をいただいております。

「経営の真髄は、社員の幸せの最大化にあります。
本歌に込められた千代に八千代にとの祈りのような「利他の愛」を、
社員一人ひとりに対して抱くことができたなら、
きっと新しい経営の世界が開けることでしょう。
100年企業、200年企業を目指す貴方にオススメいたます。」

【推薦者 塚越 寛さんのご紹介】
塚越 寛(つかこし・ひろし)
伊那食品工業株式会社最高顧問。

1937(昭和12)年長野県駒ヶ根市生まれ。

長野県伊那北高等学校在学中に肺結核にかかり、3年間の闘 病生活を送る。
快癒した翌年、21歳で地元の製材工場に就職した後、その系列会社で破綻状態だった寒天メーカー伊那 食品工業に社長代行として入社。
以来、「いい会社をつくり ましょう」という、いまやよく知られる社是のもと、景気に 左右されない年輪経営を続けている。 研究開発に力を入れると同時に、よりよい原料を安定的に確保するため、モロッコ、チリ等の海外メーカーを育てたほか、 酒造メーカーの育成等の多角化を図りながら、地元の発展に も注力している。
本社エリアは「かんてんぱぱガーデン」と 呼ばれ、多くの来訪者を迎えている。

《受賞歴》
1995(平成7)年 【科学技術庁長官賞】
1996(平成8)年 【黄綬褒章】
【日経ニューオフィス賞】(日本経済新聞社・社団法人ニューオフィス推進協議会)
【農林水産大臣賞】( リサイクル推進協議会)
2002(平成14)年 【最優秀経営者賞】第20回中堅・中小企業優秀経営者顕彰制度(日刊工業新聞社)
2007(平成19)年 【グッドカンパニー大賞 グランプリ】第40回社団法人中小企業研究センター賞
2011(平成23)年 【旭日小綬章】
2018(平成30)年 【渋沢栄一賞】(埼玉県)

《著書》
『新訂 いい会社をつくりましょう』、『幸福への原点回帰』(鍵 山秀三郎氏との共著)、『映像本 いい会社をつくりましょう』 『日めくりカレンダー 塚越寛 日々の言葉 人も社会も幸せに なる年輪経営』(以上、文屋)、『リストラなしの「年輪経営」 いい会社は「遠きをはかり」ゆっくり成長』 (光文社)、『幸 せになる生き方、働き方』(PHP研究所)、『「いい会社」っ てどんな会社ですか? 社員の幸せについて語り合おう』、『年輪経営 一度きりの人生を幸せに生きるために』(以上、日 経BP社)など。


絵本『ちよにやちよに 〜 愛のうた きみがよの旅』出版までの歩み



わたしたちの 歌声が
世界中に ひびき わたりますように
1000年先の 平和な 未来に とどきますように 


著者 白駒妃登美さん(博多の歴女)

 私の人生が大きく変わった日。それは、14年前のことでした。

 東洋思想研究家の境野勝悟(さかいの・かつのり)先生のご著書『日本のこころの教育』(致知出版社)を読んだのです。そこには、次のことが書かれていました。

◎「日本」という国名の由来
◎ なぜ日本の国旗は日の丸なのか
◎「お父さん」「お母さん」の語源
◎ 私たちはなぜ「こんにちは」「さようなら」と挨拶するのか・・・・・・


 日ごろ考えてもみなかったことばかり。でも、そこには私たちの祖先が何を畏(おそ)れ、何を信じ、何を大切にしてきたのか、日本人の源流が綴(つづ)られていました。その中に、国歌「君が代」の本歌となった、古今和歌集の「詠み人知らず」の歌が紹介されていたのです。

 私は何度も何度も本を読み、そして著者の境野先生に直接お目にかかり、ご講話いただく機会を得ました。境野先生との出会いから、私ははじめて日本人になれた気がしました。
時はめぐり、2011年より、私は全国で歴史の講演をさせていただくようになりました。 学校での講演や授業も増え、いつの間にか私の講演スタイルが定着してまいりました。

 前半で、日本人に共通する分母となるお話をし、後半では、その地域に根差した歴史のエピソードをお伝えする、という流れです。
 この前半部分で、『日本のこころの教育』に書かれている内容を、境野先生のご許可を得てお話ししています。私の話が終わった後、

生徒代表のお礼の言葉に必ずと言っていいほど出てくるのが、「今日から君が代を、誇りを持って歌います」のひとことです。

 さらに、
子どもたちと一緒に受講してくださった保護者の方々から、「今日聞いた君が代の話を、もっと幼い頃から子どもたちに聞かせたい。せひ絵本にしてください」というお声もいただきました。

 私を日本人として目覚めさせてくれた愛のうた「君が代」の本来の意味を、一人でも多くの人に知っていただきたい、保護者の思いや子どもたちの豊かな感性に応えたい……そのような経緯で、絵本の出版を決意いたしました。

 私の思いに賛同して制作を進めてくださっているチームのお仲間は、次の4名のみなさまです(敬称略)。

 絵:吉澤みか(博多を中心に活躍する日本画家)
 英訳:山本ミッシェール(NHK Worldキャスター・リポーター/バイリンガルMC他)
 プロデューサー:松岡沙英(働く人を絵本で応援:有限会社ウーヴル代表取締役)
 出版社:文屋


『月刊致知』2022年7月号「君が代の心を忘れないで」
対談 ケントギルバート氏 白駒妃登美氏

【⽩駒妃登美さんに賛同するこの絵本の制作チームメンバーのご紹介】



あなたが、ずっと しあわせで ありますように

 先⼈たちからの時空を超えたラブレター 愛のうた「きみがよ」を、いまと未来を生きる日本と世界の「家族」にお届けするために、私たちが絵本をつくっております。

文:白駒 妃登美 Hitomi Shirakoma 博多の歴女


白駒 妃登美さん

 幼少期より歴史や伝記の本を読み、登場人物を友だちのように感じながら育った。福沢諭吉に憧れ慶應義塾大学に進学。卒業後、日本航空に勤務し、1992年には宮澤喜一首相訪欧特別便に乗務。

 その後、企業の接遇研修講師、結婚コンサルタントとして活動中に、大病を患う。命と向き合い、歴史上の偉人の生き方を改めて丁寧に紐解くなかで、かつての日本人が生きていた「今を受け入れ、この瞬間に最善を尽くし、天命に運ばれていく」という天命追求型の生き方にシフトする。生き方を変えたことで奇跡的に病状が快復。

 2012年に(株)ことほぎを設立、講演や著作活動を通じ、日本の歴史や文化の素晴らしさを国内外に向けて発信している。著書は『感動する!日本史』(KADOKAWA)、『子どもの心に光を灯す 日本の偉人の物語』『親子で読み継ぐ万葉集』(致知出版社)など多数。
https://kotohogi2672.com/

絵:吉澤 みか Mika Yoshizawa 博多を中心に活躍する日本画家


 京都精華大学美術学部日本画科卒業、京都市立芸術大学大学院日本画科修士課程修了。京都美術展奨励賞受賞、創画展、春季創画展入選、京の四季展入選、京展入選。二人展、グループ展。日本児童文学(小峰書店)表紙絵担当。

 絵本『ざっそう』、『駅のピアノ』『私の八月十五日』(今人舎)、 桜雲会の伝記絵本シリーズの絵を手がける。日本児童文学者協会会員、日本児童出版美術家連盟会員

英訳:山本ミッシェール Michelle Yamamoto
NHK Worldキャスター・リポーター、バイリンガルMC、大学非常勤講師、翻訳家


 アメリカで生まれ、幼い頃からイギリス、フランス、ドイツなどで長く海外生活を経験した。国際的な感覚をもちながらも、日本の伝統的な「和の美しさ」に対する関心が高い。英語、スピーチ、コミュニケーション学の講師として、大学で授業を持ち、企業の研修講師も務める。

 著書『見るだけ30分‼ あなたに合った「聞く」「話す」が自然にできる!』 (すばる舎)、『優しい英語でSDGs! 地球の未来のため、私たちができること』(合同出版)ほか、高校や大学の教科書の執筆や英語監修など多数。

 現在は、NHK国際放送局のキャスター・リポーター として活躍中。また、バイリンガルMCとして、天皇陛下即位の礼をはじめ、サミット、オリンピック招致など数々の国際的なイベントの司会を担当。
http://www.meridian-p.net/member/yamamoto.htm

プロデューサー:松岡 沙英 Sae Matsuoka 絵本プロデューサー




 絵本を、多数の企業の人材開発・組織開発の現場にプログラムにして、また、なりたい自分になるための叡智として、プロデュースしている。本名は三宅美穂子。有限会社ウーヴル 代表取締役。『ちよにやちよ』には、松岡沙英としてのデビュー作となる。

出版社:文屋

https://www.e-denen.net/

【⽩駒妃登美さんとの出会い〜出版に⾄る経緯】

 2020年12月22日、松岡沙英さんからこの絵本を出版する夢を初めて聞かされました。白駒妃登美さんが数年前からたいせつにあたためている構想であること。ある出版社からは「『君が代』のテーマは、児童文学の世界ではタブーです」と断られたこと。ある知識人からは「政治的に繊細なテーマなので、気をつけるように」と助言されたことなどを教えていただきました。
 「この絵本を、今を生き、未来を創る日本と世界の子どもたちに届けていきたい。」
 松岡さんのお話を聴きながら、その数分の間に、わたしはこの出版の構想は「天からの授かりもの」であり、天命であり、文屋の使命であるという確信が芽生えていました。

この和歌はもともと、平安時代に生きた、ある人物が、恋しい人に寄せた熱いラブレターでした。同時にこの歌は、大らかで和やかな人類愛、地球愛、宇宙愛を込めた、究極のラブレターでもあります。2000年以上も続くこの国の先人たちからの贈り物です。
 歌に罪はありません。
 「政治的に繊細な歌」にされたのは、過去100年ほどの人々の歩みの結果にすぎません。「右」の人も「左」の人も、近代の歴史認識のいかんにかかわらず、この和歌本来の意味を、静かに、澄んだ心で見つめ、口ずさむならば、この歌の真意と、秘められた可能性の大きさを感じることができるのではないでしょうか。

 人は何のために生きるのか?
 わたしはなぜ、いま、ここに生きているのか?
 「人類も自然の一部」とはどんな意味なのか?
 幸せとは何か?
 美しさとは何か?

 この歌を口ずさみ、こうした問いをみずからに問うていると、いつしかこんな想いが浮かんできます。

「わたしたちが住むこの地球は、
誰か限られた人のためではなく、
生きとし生けるものすべての母なる大地である」

 ⽩駒妃登美さんと松岡沙英さんの想いに賛同して、日本画家の吉澤みかさんと翻訳家の山本ミッシェールさんとのご縁がもたらされました。チーム5人の編集会議はすべて、オンラインで行われました。深い想いの吐露も議論も、すべてはこの「究極のラブレター」を広く末永く届ける「千年本」を産み出すという、ワクワク感に満ちた、心躍る楽しい時間となりました。
 かたちのあるものを重んじる「地の時代」から、かたちのないものがより意味を持つ「風の時代」へ。240年に一度の大転換が、2020年12月22日に起こりました。松岡さんからの最初のお電話が、その日であったことに気づいたのは、それから数日後の夜明けの時でした。

文屋
代表 木下 豊


きみがよは よろこびの歌
毎日の くらしのなかで ほがらかに うたうと
感謝の こころが あふれてくるよ


愛のうた「きみがよ」の旅 〜あとがきにかえて〜 白駒 妃登美

 私たちの国歌『君が代』の本歌(ほんか)は、平安時代に詠(よ)まれた「愛の歌」です。このことを知った時、梅の花に太陽の光が差し込みキラキラと輝き始めたような、美しいあたたかさが、胸いっぱいに広がっていきました。

 それは、今から1100年以上前、905(延喜5)年に編纂(へんさん)された『古今和(こきんわ)歌集(かしゅう)』にありました。『君が代』の本歌は、「題しらず、よみ人しらず」で、

わがきみは ちよにやちよに
さざれいしの いは(わ)ほ(お)となりて
こけのむすまで
(古今和歌集三四三)

と、あります。
 もとの歌は、「君が代」ではなく「わが君」です。当時、主に女性が、愛する男性を呼ぶ時に「わが君」と言ったのです(男性が愛する女性を「わが君」と呼ぶこともありました。つまり夫婦や恋人など、親愛の情を持つ相手に向けた呼び名が「わが君」なのですね)。この歌は、名前はわかりませんが、平安時代に生きた、ある人物が、恋しい人に「いつまでも、長生きしてくださいね」と歌いあげたものだったのです。西暦800年ごろに作られたと推定されます。

歌の音の流れが、春の小川がサラサラ音を立てているようで、心が安らかになごみますね。この歌は、「賀歌(がのうた)」といって、おめでたい時に歌われる「言祝(ことほ)ぎ(お祝い)の歌」に分類されます。おそらく作られた当初からたくさんの人に愛され、さまざまなお祝いの席で歌われる、大人気の歌だったのでしょう。
 その証(あか)しに、それからおよそ200年も経った1013年ごろ(古今和歌集の成立からは約100年後)、藤原(ふじわらの)公(きん)任(とう)という人が、みんなが楽しく朗詠(ろうえい)できる名歌を編纂した『和漢(わかん)朗詠集(ろうえいしゅう)』に、「わが君は」が「君が代は」と手を加えられて、登場します。

君が代は 千代に八千代に
さざれ石の いは(わ)ほ(お)となりて
こけのむすまで

 「君」は、恋人や親しい人だけでなく、一家の長老や主人など、目上の人に対し敬意を込めて呼ぶ時にも使われます。そして「代」は、寿命や命のことであり、時代を表す場合にも用いられます。

 「千代に八千代に」は、「ずーっと長く、いつまでもいつまでも」。「さざれ石」は小さい石、「いはほ(いわお)」は「大きな岩」のこと。永い年月の間に石灰岩に雨水が浸透していき、ミネラルが解けだして周りにある小石とくっつき、大きな岩となる現象を「さざれ石がいはほとなりて」で表しているのでしょう。自然界のあらゆる所に神さまが宿ると考えてきた私たちの祖先は、石にも神霊が宿り、時間をかけて成長していくものだと信じてきたのですね。

 「苔のむす」は、「苔が生える」という意味。石が成長して岩となり、その表面に苔が生えるまでというのは、永い永い年月のたとえであり、同時に、愛の深さを表しているのでしょう。
 全体を訳すと、こうなります。

 「あなたの命(あなた様の御代(みよ))が、いつまでも、いつまでも、永く続きますように…。例えば小さい石が、長い時間をかけて大きな岩に成長し、その上にたくさんの苔が生えるようになるまでね」

 「わが君」が「君が代」となったことで、歌に新たな命が吹き込まれました。大切な人の長寿と幸せを祈る歌であり、一族の繁栄を祈る歌。肉体は滅んでも、魂は受け継がれ、生き続けていきます。その永遠の命を寿(ことほ)ぎ、魂を受け継ぐことを心に誓う歌でもあるのですね。

 やがてこの歌は、能(のう)の謡曲(ようきょく)として歌われたり、お座敷で端唄(はうた)や小唄(こうた)として、三味線(しゃみせん)の伴奏でさかんに歌われるようになりました。さらに、あるときは田植え歌のような労働歌として、また、あるときは祝い歌として結婚式やお正月に歌われ、千年以上の長きにわたって、日本人に愛され続けてきたのです。『君が代』は、江戸時代までは、私たちみんなの歌、言い換えれば国民の歌でした。

 『君が代』が、天皇に捧げる歌であるという解釈は、明治以降に生まれました。それは、次のことからも明らかです。上代(じょうだい)から、天皇に対して「君が代」という表現を使うのは無礼とされ、そのような表記は、古い文献を探しても見当たらないのです。天皇に対しては、通常、「大君(おおぎみ)の代」「君が御代(みよ)」、あるいは「すめらぎの代」「すめろぎの代」という言葉が使われました。

 ところが、明治時代になって、国民みんなの歌『君が代』は、新たな局面を迎えます。『君が代』が、「国歌」として歌われるようになったのです。

 きっかけは、1869(明治2)年の英国王子エジンバラ公の来日だったと言われています。海外から大切なお客様をお迎えする際に、両国の国歌を演奏するのが国際儀礼です。このときイギリス側の求めに応じ、日本側が提示したのが、国民みんなが愛する古歌「君が代」でした。これに英国人フェントンが曲をつけたのが、初代国歌「君が代」です。しかし、この初代「君が代」が演奏されたのは10年あまり。その後、やはり和歌には日本独特の音楽が似合うということで、雅楽の調べになりました。

 国歌になると、公のさまざまな行事において、天皇陛下の前で国民が歌うことが多くなります。そのときには、当然「君が代」という表現のままで「大君の代」と同じ意味が発生しますから、次第に「天皇のお治めになる御代」という意味も込められるようになったのです。さらに戦前・戦中は、天皇の御代を寿ぐ歌として、学校でも教えられました。

 このように、永い歴史の中で、捉え方は時代ごとに変わってきましたが、『君が代』は国民に愛され続け、明治以降は国歌として歌い継がれてきました。実は、法的に国歌であるということが定められたのは、平成に入ってからです。1999(平成11)年に「国旗及び国歌に関する法律」が制定され、『君が代』は、正式に日本の国歌となったのです。

 国歌を天皇陛下と国民が一緒に歌うとき、国民は「陛下のご長寿と平和なこの国がいつまでもいつまでも続きますように」と願いますが、陛下は、国民の命の尊さを思い、我が国と世界の人々の安寧と幸せを、そして平和を祈ってくださいます。お互いに思いやる心が響きあう歌、それが『君が代』なのですね。
 
 わずか32音から成る、世界で一番短い国歌『君が代』。その歌詞は、1100年以上の歴史があり、世界で一番古い歌詞を持つ国歌でもあるのです。そこには、和を尊び、命を慈しむ、先人たちの真心が溢(あふ)れています。もしかしたら『君が代』は、先人たちから今を生きる私たちに、そして同じ地球に暮らす家族に向けられた、時空を超えたラブレターなのかもしれません。

 永い歴史の中で、国民みんなの歌として愛され、やがて国歌となった君が代の「旅」。この旅が、地球に暮らす私たち家族の未来に希望の光を灯してくれることを信じて、この絵本を作らせていただきました。


『ちよにやちよに』出版記念講演会(2021年7月4日)記録映像


地球に いきるものは ひとも 動物も 植物も
みな 太陽のもとで いきている

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